自分自身をどのように救うか、私たちはもっとも重大な問題を考える段階にきました。
私たちの心と身体をどのようにしたら病気に攻撃されないように保てるか具体的に考えていきましょう。

まず心について考えて見ましょう。
私たちはユニティと対立し、魂の命令にそぐわない行動をさせている自分の欠点を見つけ、
それに対立する徳を積むことでその欠点を排除しなければならないということをすでにある程度お話しました。
ですから、正直に振り返ることで自分の犯している間違いの本質を探し出すことができるでしょう。
また回りの人たちが自分の本当の姿を探し出す手助けをしてくれるでしょう。
しかし、完全とはいえません。一番良い方法は静かに考えること、そして黙想です。
毎日ほんのわずかな時間でもできるだけ静かな場所でただ1人で誰からも邪魔されずに静かに座り、
あるいは横たわり、何も考えずにいるか、あるいは人生における自分のなすべきことを静かに考えることができれば、
私たちはそのわずかな時間の積み重ねによって、いわば知識や教えが閃光のように沸いてくるのが分かるでしょう。
そして、人生のどんなに難しい問題にも必ず答えがあることが分かり、自分の進むべき道を自信を持って選ぶことができるようになります。
ただこの間、私たちは魂の命令に従って人類のために努力をしていくのだという真摯な気持ちを心に持ち続けておかねばなりません。
ここで自分の欠点を見つけた際に忘れてはならないのは、欠点と直接対決したり、意識して無理やりに欠点を押さえつけたりするのではなく、欠点と拮抗する徳を着実に育てることで自分の性質の中から自然に悪い要素を洗い流すという療法を取らなければならないということです。
このほうが欠点と戦うにはずっと簡単で効果的です。
自分の欠点を気にせず、欠点が来る隙もないほどの徳を育てる努力を意識的にすることが本当の勝利です。

さて、物質主義によってもたらされた最大の悲劇は、おそらく倦怠感をはびこらせ、
心の内側にある本当の幸せを失ったことでしょう。世俗的な喜びは困難を一時的に忘れる以外の何者ももたらしません。
苦しみを癒すのに、娯楽、楽しみ、くだらない遊びに興じるのは悪いことではありません。
しかしずっと頼るのは良くなく、昨日の興奮はすぐに明日の退屈になり、どんどん激しいものを求めるようになって、
結局もうそこからは何の安らぎも得られなくなります。
退屈な状態が続くと、一般的に考えられている以上に病気にかかりやすくなります。
今日このような状態は若い人に起こりやすく、退屈によって引き起こされる病気も多く見られます。
退屈を感じないためには、自分の周りの事柄に積極的に強い興味を持つこと、毎日の暮らしの中から人生について学ぶこと、
仲間からそして日々の出来事から、その裏側にある真理を学ぶこと、学んで学んで学び続けること、
知識や経験をつむことに没頭すること、そして自分と同じように人生を旅する仲間のために自分の経験や知識を生かす機会を捜し求めることです。
以上を心がければ、私たちに学ぼうとする熱意や本当の経験や冒険、あるいは、価値のある行動をしたいという欲望が生まれます。
そしてこれを行ううちに、どんなに小さい物事からも喜びを見出せるようになり、自分がこれまで平凡で単調だと思っていたことも、
勉強と経験のよい機会になることが分かるでしょう。本当の幸せは、人生の単純なものの中にあります。
単純なものの方が偉大な真実に近いのですから。

もうひとつ大事なことがあります。それは恐れをすべて捨て去ることです。
私たちの中に神性が存在し、その故に神性は私たち自身であり、本来、人間の世界には恐れなど存在しません。
もし、私たちが神の子として、それを理解できるなら、何も恐れるものなど存在しないのです。
物質主義の時代にあって、世俗的な所有欲があるがために(身体自体に対するものであるか、
身体以外のものに対する欲であるかにかかわらず)恐れが増大していきました。
所有欲は手元から離れていくことへの恐れをずっと心に持ち続けたまま生きていかなければならず、
恐れは、私たちの気持ちを暗くし 私たちが怖がっている病気への入り口を開けてしまい、その侵入を容易にしてしまいました。
これまで見てきたように、病気の本当の原因は自分の性格の中にあり、自分で対処することができるということを認識したとき、
その治療法も自分自身の中にあることが分かるわけですから、もう何も恐れる理由がなくなります。
恐れは私たちを病気にかかりやすくするだけだということが分かったわけですから、
物質だけに病気の原因があると考えて恐れるのはもう止めても大丈夫です。
そしてもし、私たちが自分の性格に調和をもたらすよう努力すれば、
稲妻に打たれるか、落ちてくる隆盛のかけらに当たるくらいの確立より以上に病気を恐れる必要はなくなります。

次に私たちの身体について考えて見ましょう。
体というのはただ単に魂が地上に住むための入れ物に過ぎないということ決して忘れてはいけません。
私たちが、この世で知識と経験を得るために短い期間宿っているにすぎません。
ですから、
自分の身体を自分自身とあまり同一視せずに、健康に自分のやりたいことができるように自分の身体に気を使い、注意していくべきです。
ほんの一瞬でも自分の身体を過度に意識してはいけません。

外面と内面の清潔さを保つことも重要です。

外面については、お湯を熱くしすぎたり、石鹸を使いすぎたりすると毛穴を開かせ汚れの進入を許したり、
皮膚のトラブルを引き起こします。冷水かぬるま湯で洗い流す方法が自然に近く身体をより健康に保ちます。

内面の清潔さは食事によって保ちます。食品はすべて清潔で健康によく、できるだけ新鮮なものを選ぶべきです。
主に、自然の果物、野菜、ナッツ類などがそれにあたります。肉類は明らかに避けるべきです。
(理由①肉類は明らかに体内の毒素を増やします。②肉は食欲を極端に増進させます。③動物に対して残酷です。)
体内を浄化するために、水分を沢山取ります(蒸留液のような人工的な飲料は避け水や自然製法のワインや自然界に存在するものから作られたもの)。

睡眠はとり過ぎないようにします。
洋服は軽く、かつ暖かいものを着用します。着衣は通気性のあるものにし、日光や新鮮な空気ができるだけ沢山肌に触れるようにします。
水浴、日光浴は身体を健康にし、活力を与えてくれます。
すべてにおいて気持ちを明るく保ち、猜疑心や憂鬱で気持ちが押さえつけられないようにします。
魂は本来喜びと幸せしか知らないのですから、このような気持ちを知るはずがないということです。

参考図書:『バッチ博士の遺産』 著者エドワードバッチ 発行者バッチホリスティック研究会