新着情報

  1. HOME
  2. ブログ
  3. その他・コラム
  4. 娘の卒業式で思うこと

娘の卒業式で思うこと

今日は長女の中学校卒業式でした。
29年ぶりに同じ場所で卒業式を受けました。
校歌を歌いながら月日の流れをじわーっと感じていました。
ふてぶてしそうに歩いている子、始めから泣き通しの子、オシャレに目覚めている子、
にきびを気にしている子…、小学校から卒業してこの3年間には、大人に心も体も変化していく時期、
なんともいえないむしゃくしゃした気持ちや、憤り、不安とても凝縮された期間だったと思います。
私も中学校といえば、なんだか胸がキューっと締め付けられるようななんとも苦しい感覚が蘇ってきます。

 

式の後教室に戻って最後の学活を受けている所へ保護者も参加。
あっさりとした先生だと今まで思っていたのですが、
担任の先生の言葉が子供目線の思いやりのある言葉で、私の心に深く響きました。
沢山の祝辞でありがたい言葉を聴いていたにもかかわらず、
担任の先生の言葉がとても現実的で、ダイレクトに入ってきました。

 

「お前ら絶対死ぬなよ~!」
「中学のことや過去のことはもう振り返るな!新しい未来を見て歩け」

 

過去のつらいことやつらいことはここに置いておいて、もうすんだことは、思い悩むことはない。
そしてこれからもし、どんなにつらいことがあっても命を大事に。

このように私は受け止めました。

 

576732_611630048850648_199921685_n

昨日、卒業アルバムを持って帰ってきました。
私のはどんなだっただろう、と娘に見せるために戸棚の奥から中学校の卒業アルバムを引っ張り出してみていた所、
卒業文集の下書きが挟んでありました。

 

だんだん、記憶に新しい時代に子供が成長しつつあるのですが、どのように親に育てられてきたのか、
私があまり思い出せなくて、どのように子供と歩んでいったらいいのか思い悩むことが多々あります。

 

将来のこと進学のこと、私はどのように悩んで決めていったのか、その時どんなアドバイスを親からもらってきたのか…。
私の歩んできた道が正しいわけではないし、でも好き勝手させてもらっていたような記憶があり、
わがままを押し通して親に迷惑をかけてきたのではないかと思うことさえあります。
そんな私をどう扱ってきたのか、思い出せなかったのです。

29年前の卒業文集の下書きに私がその答えを書いていました。

 

【三年になって考えること】****
家の母は「勉強をしなさい」ということをあまり言いません。かといって私が安心されている、
というわけではないのですが、でも私が高校のこととか、将来について相談を持ち込むと、
色々母の経験や本に書いてあったことなどを教えてくれます。しかしその時は決まって、

「自分の進みたいところへ行きなさい」

と最後に付け加えます。
その時点で、息苦しさを感じていた私は、わあっと視野が広がったような気持ちになることができ、
身近な高校のことより、将来の私を想像するのです。…

 

****

涙があふれてきました。私はその様に育てられていたようです。
息苦しさを感じていたのに、その言葉に救われて未来を見ることが出来ていたのだと知りました。
今再び救われた気持ちになりました。
母も子育てに思い悩み、でも自分を信じてくれていたのだな、
と今までの私の考え方が出来上がってきた軌跡の原点を見させてもらったような気がしました。

娘は未だに「どうしたらいい?」と私に聞いてきます。
そのたびに、その答えをどうすべきかと考えます。
とっさに、「○○したら♪」と一つの答えを導いてしまうこともあり、「しまった」と思うことさえあります。
これからは、この文章を目にしたのも何かの思し召し、と思い、一個人の娘を信じてやることを意識したいと思います。

旧ブログ2010年3月より抜粋

関連記事